神経内科フォーラム概要

【講演1】パーキンソン病と脳・神経の病気について

講師 京都大学医学部神経内科 教授/日本神経学会代表理事  髙橋 良輔

 神経内科は一般的にはあまり知られていない診療科ではありますが、「脳や神経のことで困ったら神経内科へ」と覚えてください。具体的には、脳、脊髄、神経、筋肉などの病気を診断し、内科的な治療を行います。
 厚生労働省の「2015年人口動態統計月報年報」によると、脳卒中は日本人の死因の第4位で寝たきりの原因の約30%を占めています。しかし、発見が早く速やかに診断・治療を行えば、後遺症を残さずに治る可能性が高くなります。内科系医師で急性期の脳卒中の診断・治療に携わっているのは多くが神経内科医です。

 2012年時点で日本の認知症患者数は約462万人、65歳以上の高齢者の約7人に1人と推計されています。認知症は、脳の細胞がさまざまな原因で減少したり、働きが悪くなったりすることによって、記憶や判断力の障害などが起こった状態です。認知症を引き起こす病気はたくさんありますが、その代表的なものが「アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)」で、認知症の約60%以上を占めています。アルツハイマー病は、脳に「アミロイドβ」や「タウ」と呼ばれる特殊なたんぱく質が溜まり、神経細胞が死んで減っていくために、脳や神経の機能が低下して、初期のうちはもの忘れ(記憶障害)が目立ち、「空間的見当識障害(道に迷う)」や「多動(徘徊を繰り返す)」などが現れます。アルツハイマー病を根本的に治す治療はありませんが、早期に発見して抗認知症薬を使うことで、病気の進行を遅らせることができます。さらに認知症の危険因子である糖尿病、高血圧、抑うつ、肥満、喫煙などを是正することで認知症を予防できることができます。

 てんかんは突然意識がなくなる「てんかん発作」を繰り返し起こす病気ですが、一過性の発作がほとんどで、一瞬ボーッとするだけの発作とは思えないような症状の場合もあります。てんかん発作を起こす原因は様々で、乳幼児から高齢者まで年齢層も広範囲で、日本人の患者数は60~100万人と言われています。早期に発見して治療をすれば、約70%の患者さんは治療薬で発作を抑えて社会生活を支障なく送ることができます。一方、抗てんかん薬では発作を抑えることができず、「難治性てんかん」として複数の抗てんかん薬の調整や外科治療などの専門的なてんかん治療を必要とする場合もあります。

 パーキンソン病については、これから登場される講師の先生方にお任せすることにします。
 以上のように神経内科医は、脳卒中、認知症、てんかん、頭痛、パーキンソン病などの神経変性疾患、感染症、脱髄性疾患(多発性硬化症など)、末梢神経疾患、筋疾患など多岐にわたる病気の診断・治療をする内科医として、患者さんの生活の質(QOL)を維持・向上できるように努め、患者さんとそのご家族との信頼関係を築きながら、病気を乗り越えるお手伝いをしています。

【講演2】最新のパーキンソン病治療について

講師 独立行政法人 国立病院機構 仙台西多賀病院 病院長 武田 篤

 パーキンソン病は、脳の中脳というところにある「黒質」の「ドパミン神経細胞」が壊れてしまい、そこで作られる「ドパミン」という物質が減ることで、起こる病気です。ドパミンは、筋肉を動かすために大脳皮質というところから出る指令を調節し、体の動きをスムーズにしています。また幸福感、満足感、達成感、やる気など「楽しい」という感情を生み出す元にもなっています。

 ドパミンは年齢を重ねれば自然に減っていくものですが、パーキンソン病になると、健康な人に比べて、より速いスピードで減ってしまいます。なぜドパミン神経細胞が急激に減っていくのかの理由は、まだはっきりとわかっていません。ただ、ドパミン神経細胞にあるαシヌクレインというタンパク質が関連していることが指摘されています。

 脳には100億個以上とも言われる神経細胞があり、細胞が隣接した他の細胞にシグナルを流して心と体をコントロールしています。このように細胞から細胞にシグナルを伝達しているもの(神経伝達物質)の一つがドパミンなのです。ドパミンが減ると筋肉への指令がうまく伝わらなくなり、筋肉をうまくコントロールできなくなるために、動作が緩慢になったり、バランスが悪くなったり、ふるえが起こりやすくなります。運動に関しては、動きがゆっくりになる、なかなか動き出せない、動きが小さくなる、力が弱くなる、止まりにくくなるなどの症状が起こります。なぜなら筋肉にはアクセルとブレーキの役割があり、ドパミンは筋肉が「アクセル」の役目をするように働きかけるので、不足すると「ブレーキ」の働きが強まるため、体の筋肉の動きにブレーキがかかって動作が緩慢になります。精神的には、気分的に楽しくない、満足できない、不安、イライラ、やる気が出ない、うつ的な症状などが起こるようになります。

 パーキンソン病の治療法には、薬による薬物療法と外科的な治療があります。パーキンソン病の主な治療薬には、①ドパミンを補充する薬、②ドパミンを節約する・効果を増強する薬、③ドパミンの放出を促進する薬などがあり、複数の薬を組み合わせて治療するので、それぞれの薬の目的をよく理解してのむことが大切です。薬の形状も飲み薬だけでなく、貼付剤や自己注射製剤、持続注入ポンプを用いた(経腸療法)投与法もあります。また、パーキンソン病の治療薬以外の薬を併用するときには、のみ合わせに注意することも大切です。薬物療法の中心になるのが、不足しているドパミンの原料になる物質を含んだ薬をのんで不足を補う方法です。脳に届く前にドパミンの原料が使われてしまわないように、ドパミンの原料を効率よく脳に届けるために、様々な働きを持つ薬を組み合わせる必要があります。また長期間使用し続けると、「ウェアリングオフ(薬が効いている時間が短くなりパーキンソン症状が出る)」や薬をのんだ後に起こる「ジスキネジア(体をくねらせるように動かす不随意運動)」などが出る場合もあります。このような症状をうまくコントロールするために、薬の組み合わせなどを考えるのが神経内科医の役割でもあります。

 経腸療法は、飲み薬や貼り薬だけでは十分な治療が難しくなったパーキンソン病患者さんのために、カセットに入れた薬を専用ポンプとチューブを使って小腸に直接、持続的に送り届ける治療法です。治療を始めるタイミングは、病気の進行とともに、通常の薬だけでは十分な効果がなくなり、重度のウェアリングオフやジスキネジアが現れたときです。専用ポンプとチューブを用いて渡切れ目なくお薬を投与するシステムにより、小腸に直接お薬を投与することで、お薬の安定した吸収を可能にし、お薬の有効性を維持します。使用に当たっては、内視鏡手術を受けて胃ろうを開ける処置が必要です。ポンプは日中つけたままにして就寝前に外します。投与は起きている時間、最大16時間程度です。また、機器を用いて、お薬を投与しますので、操作方法を習得する必要があります。経腸療法を受けられるかどうかについては、主治医と十分相談し、決めることが大切です。

 他にも、のみ薬だけでは症状を改善するのが難しかったり、ウェアリングオフやジスキネジアといった運動症状が重くなったりしたときに行うことがある外科的な治療法として、「脳深部刺激療法(DBS)」があります。これは脳の深いところに電極となる細い針を植え込み、胸に小型の電源を埋め込んで両者をリード線でつないで脳の奥深くに電流を持続的に流し、薬物治療でコントロール困難な症状を軽減します。

 iPS細胞による治療研究も進んでいますが、その安全性と有効性が確立して、実際の治療に活用されるようになるには、少なくともまだ5~10年程度以上かかると見込まれています。

 最近最も注目されているのが「運動療法」です。薬だけのんでじっとしているのではなく、全身を動かして体がさびないようにする必要があるのです。そのために有効なのがリハビリテーションで、通常の歩行だけでなく、太極拳やタンゴなど全身を動かす運動に特に効果があることが有名な医学雑誌にも報告されています。
 私たち神経内科医は、パーキンソン病を早期に発見・治療しながら、発症前と変わらない生活の質を維持できるように、一人一人のご要望を伺い、患者さんとご家族に長く寄り添い、支えることを心がけています。近年、世界中で研究が進み、治療法の選択肢も増えたパーキンソン病。一番大切なのは「あきらめない、意欲を失わない」ことです。

【講演3】パーキンソン病治療における患者さんとの関わりについて

講師 岡山旭東病院 神経内科部長・脳卒中センター長 柏原 健一

 近年の医学研究の進歩により、パーキンソン病になっても、早期に適切な治療とリハビリテーションを行えば、病気になる前とあまり変わらない生活を送ることもできるようになりました。私の講演では、パーキンソン病患者さんのQOL維持のカギを握る主治医や医療スタッフとのかかわり合い方、家族の役割についてお話しします。

 パーキンソン病はすぐに治る病気ではありません。治療を開始した当初は、薬の効果も出やすく、うまく症状をコントロールできますが、治療期間が長くなっていくと薬の効果が長続きせず、1日に何度も薬をのまなければならなくなったり、薬が効きすぎてしまい、体がくねくね動いてしまうなどの運動合併症が生じることがあります。精神的にも落ち込み、不安、イライラ、うつなど幸福感が薄らいでしまうことがあります。

 このように長い治療期間の中で、様々な症状が現れますが、どんな状況においてもパーキンソン病の治療に必要なのは、患者さんご自身が動くことです。さびた自転車に油を差しても、その後に自転車を十分動かさなければスムーズに操縦できるようになりません。パーキンソン病患者さんは薬だけのむのではなく、体を動かすことで、症状の進行を遅らせることができるのです。

 パーキンソン病の患者さんが病院に来て主治医と話しをするときに、治療の手がかりのひとつになるのは、ご家族のお話です。パーキンソン病には、患者さん自身でも気がつかない症状が現れることもあります。例えば寝相や寝言など眠っているときの状態、落ち込みやすい、不安感が強い、怒りっぽいなど、患者さん本人は気がつきにくい精神面の変化も、ご家族が主治医に報告してくれれば、患者さんの進行状態を診断する大きな手がかりになります。

 パーキンソン病の治療で大切なのは、医師が処方した治療薬をきちんと飲み続けることです。これに関しても、ご家族がのみ忘れないように一声かけたりするサポートが非常に重要です。

 つまりパーキンソン病は患者さんご本人の前向きな気持ちとともに、それを支えるご家族やまわりの人々のサポートがとても大切です。患者さんを支えるご家族も、パーキンソン病以外の病気を抱えているケースが少なくありません。介護する側もストレスや疲れを感じるのは当たり前です。それを吹き飛ばしてくれるのは、支え合うお互いへの感謝の気持ちと、笑顔、そして「ありがとう」のひと言です。さまざまな症状に苦しんだり、病気の進行を感じて暗い気持ちになるときもありますが、怒りや不安を持ち続けて家族に不快な思いをさせてしまうよりも、「ありがとう」のひと言を口にすれば、感謝の気持ちが伝わります。どうか良い状態でパーキンソン病と付き合っていくためにも、みんなに応援してもらえるような笑顔と感謝の言葉を忘れずに、過ごしてください。

 パーキンソン病の治療には、薬物療法、外科的治療がありますが、これらの治療法と同じくらい重要な役割を果たすのが、患者さん自身が楽しみながら継続して行う運動療法やリハビリテーションです。楽しく体を動かす方法は人それぞれ違うと思いますので、自分が楽しいと思ったやり方でぜひ体を動かしてください。しゃべりにくい、飲み込みにくい、歩きにくいなどの不具合を感じたら遠慮せずに主治医に相談して、機能が今以上に衰えないようにリハビリテーションなどを行うようにしてください。患者さん自身で主治医に伝えにくいようであれば、家族から主治医に伝えてあげてください。

【トークショー】病気になってもあきらめない、意欲を失わない生き方

講師 順天堂大学医学部脳神経内科・教授 服部 信孝
シンガーソングライター 樋口 了一

 神経内科医は患者さんに寄り添いながら最新治療や在宅療法もアドバイスします。セミナーではパーキンソン病患者さんでもある樋口了一さんと、順天堂大学医学部脳神経内科・教授 服部 信孝先生が、病気になっても希望を持って前向きに生きることの大切さについてお話しします。

樋口さんはパーキンソン病と診断がつくまでにかなり長い時間がかかったそうですね?
【樋口さん】
はい。2007年3月、パソコンのキーボードを叩いているときになぜか右の肩や腕だけが下がって違和感を感じたのがきっかけでした。最初は肩こり、四十肩かなと思い整体、接骨院、整形外科などに行きました。そうしているうちに右足も前に出にくくなり、体の右側全体が動かしにくくなりました。医療機関を十数か所もまわりましたが原因がわからず、最初の体の異常から2年が経過して、インターネットでも病気について調べるようになりました。そしてついに自分の症状がもしかしたらパーキンソン病ではないかと思い、神経内科を受診してみたら、思ったとおりパーキンソン病と診断されました。
病名がわかるまでに2年かかったと言うのは、パーキンソン病にとって珍しくないのでしょうか?
【服部先生】
  実は2年で病名がわかればそんなに時間がかかったケースにはならないと思います。私の患者さんで7年かかった方もいます。パーキンソン病という病気には、さまざまな症状があり、個人差が大きいので、診断が難しいですし、パーキンソン病について知っている一般の方も少ないですし、この病気の診断と治療をするのが神経内科医だということも知られていません。私たちはもっとパーキンソン病と神経内科について、一般の方々に向けて知識を提供しなければならないですね。
樋口さんが病気についての知識を得ようとしたときに役に立ったものは何でしょうか?
【樋口さん】
パーキンソン病の患者さんのブログですね。病名がなかなかわからずに悩んでいたときにも、パーキンソン病の患者さんのブログや闘病記を読んで、自分の症状とすごくよく似ていたので、「もしかしたら自分もパーキンソン病なのではないか?」と思いました。
服部先生、やはり同じ病気を抱える仲間の体験談やお話は役に立つものなのですね?
【服部先生】
その通りです。病気のメカニズムを知ることも大切ですが、実際の患者さんがどんな症状なのか、どんな生活を送っているのか、どんな治療を受けているのか、どんな薬をのんでいるかなど、詳しいより現実的な情報を得るには、同じ病気の患者さんの体験談は有効だと思います。ただし、症状は人によってそれぞれ違うので、あくまでも参考にするだけで、人と違うから不安になったりせず、疑問点は主治医にぶつけて見ましょう。
服部先生が働いていらっしゃる順天堂病院は「脳神経内科」という名称を使っていますが、どんなところが特徴ですか?
【服部先生】
「神経内科」ですと、神経だけを専門にする診療科というイメージを持たれるので、私たちは「脳」と「神経」の専門家であることを強調するために、脳神経内科としました。神経の病気には脳も深く係っているので切り離して診るよりも、一緒に診断して考える方が自然に思えたからです。
DATとはどういう意味ですか?
【服部先生】
ウェアリングオフやジスキネジアといった運動合併症に悩まされるようになったら、次の治療のステップとして外科手術による深部脳刺激療法(DBS)に加え、お腹に設置したチューブを通じて薬を小腸から直接吸収させる方法などの選択肢があります。これらの機械(デバイス)を活用した治療法を、DAT(Device Aided Therapy)と呼んでいます。患者さんがこのような2つのDATを本格的に選択できるようになったということで、2017年は、患者さんがこのような2つのDATを本格的に選択できるようになったということで、日本におけるDivice Aided Therapy といえる年です。

 

ありがとうございました。

◆樋口了一さんプロフィール

1964年熊本県生まれ。立教大学在学中から音楽活動をスタートし、1993年にメジャーデビュー。2003年に北海道テレビの『水曜どうでしょう』シリーズのテーマソングにもなった『1/6の夢旅人2002』を発表。2009年には『手紙~親愛なる子供たちへ~』で日本レコード大賞優秀作品賞、日本有線大賞有線音楽優秀賞を受賞。歌手活動の傍らSMAP、郷ひろみ、石川さゆりなど歌手のジャンルを問わずに楽曲を提供。2011年より活動の拠点を主に故郷・熊本市に移している。2009年、パーキンソン病を発症するが、現在も治療をしながら音楽活動を続けている。

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