神経内科医からのメッセージ

慶應義塾大学医学部内科学(神経内科)教授

鈴木 則宏すずき・のりひろ

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【エッセイ】フルートと私、そして神経内科

専門領域について教えてください。
脳卒中と頭痛を特に重点的に診療していますが、広くパーキンソン病、てんかん、多発性硬化症などを診療しています。
神経内科医として「やりがい」や「喜び」を感じるのはどんな時でしょうか?
難病の多い神経内科ですが、脳卒中患者さんが麻痺が改善して退院するときの明るい笑顔や、重症片頭痛の患者さんから「治療によって痛みの束縛から解放されました」とおっしゃていただいた時は最高の喜びと充実感を感じます。
患者さんとのコミュニケーションで心がけていらっしゃることを教えてください。
まず、患者さんのお話をすべてお聴きすることにつきます。
患者さんとの心に残るエピソードを教えてください。
多系統萎縮症の患者さんが症状が進行して通院できなくなり、在宅診療に移行する際の外来で、泣きながら「長い間お世話になりました」とおっしゃていただいたことです。
最後にメッセージをお願いします。
神経内科がとても範囲の広い症状や疾患を担当していることを知っていただきたいと思います。神経内科は、めまい・しびれ・頭痛・失神などの一般的な症状から、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症などの神経難病まで、脳をはじめとする神経系すべての症状と疾患を担当しているのです。

「フルートと私、そして神経内科」

「私の大好きなフルートと、私の専門分野である神経内科で扱う脳の機能との関係について説明させていただきたいと思います。
現在、世界的に著名なわが国のフルート製作会社である(株)村松フルート製作所ならびに村松楽器販売(株)のご依頼で、同社の機関誌「季刊ムラマツ」に「フルートと脳の おはなし―ヒトはなぜフルートを吹けるのか?」と題してコラムを連載執筆させていただいております。」

私とフルートとの出会いの地は10歳から住んでいた北海道札幌でした。小学生の頃、クラッシック音楽好きの母がドップラーの「ハンガリー田園幻想曲」のレコードを買ってきて聞かせてくれて、そのすばらしい音色に魅了されたことがフルートの音との最初の出会いでした。ビゼーの「アルルの女」の組曲や、ベルリオーズの「ラコッツィ行進曲」などのオーケストラの中でキラキラ光るようなフルートの音色は、あたかも宝石のように思えました。

しかし、小学生時代には実際フルートを吹いてみようなどとは思ってもいませんでしたが、中学1年生のときでした、なんと先輩が音楽室で実際にフルートを吹いてピアノと一緒にビゼーの「アルルの女」のメヌエットを演奏しているではありませんか。文化祭に向けて練習していたようでしたが、目の前に本物のフルートが鳴っているのを体験したことは、一生涯の中で最も大きな衝撃でした。すぐその先輩にフルートについて、あれやこれや聞き、ついに両親にせがんで洋銀の初心者用のフルートを買ってもらいました。手に入れた当初は一日中吹いていました。最初は15分くらい吹くと、頭がクラクラして吹けなくなりましたが、次第に持久力がついてきて、3時間くらい吹いてもなんともなくなりました。ヒトの体は不思議だなあと思った、この体験が医学に関わる興味のスタートでした。少々曲が吹けるようになると、欲が出てくるものです。

中学3年生になって、先輩の所属していた北海道放送(HBC)ジュニアオーケストラで、先輩が高校進学で上京するため欠員となるために団員募集があり、すぐ応募して幸いなことに採用されました。吹き始めて2年で念願のオーケストラでのフルート演奏が実現したのです。高校進学で上京することになったため、ジュニアオーケストラには、たった1年しか在籍しませんでしたがヨハン・シュトラウスのワルツにポルカ、ベートーベンの交響曲、ボロディンの「イーゴリ公の韃靼人の踊り」など、素晴らしいフルートのレパートリーを経験しました。

しかし、なんといっても、最も心を奪われたのはモーツァルトでした。いま考えると当時では画期的な企画ともいえる「ピアノ協奏曲の夕べ」で、ニ短調K.466とイ長調K.488ピアノ協奏曲を経験しましたが、その素晴らしさ、とりわけピアノと弦と木管の絡み合いのたとえようのない美しさは、僕をモーツァルトのとりこにしてしまいました。後年、18歳のときに「日本モーツァルト協会」に入会して、偶然ですがK.10(なんとフルートソナタ(原曲はトリオソナタですが・・)という会員番号をいただき、現在まで50年間も継続しています。

さて、高校進学で上京し、部活としてオーケストラに所属すると同時に、フライブルグ大学のオーレル・ニコレの元から帰国したばかりのI先生とともに、オケの先輩にあたるH先生に師事しました。I先生には、タファネル・ゴーベルのエクササイズをしぼられ、よく指が回るようになったとともに、音楽のみならず約束したレッスン開始時刻に対するニコレ教授ゆずりの厳格さを叩きこまれました。H先生からはモイーズの音楽の素晴らしさを教えていただき、特にフルートの音楽を豊かに演奏するには、フルートの曲ばかり聴いていてはだめで、オペラを含め幅広い音楽に触れなければならないことを学びました。H先生とは、その後、先生のドイツ留学で一時途絶えましたが、40代半ばから再びレッスンを受けさせていただいています。そんなわけで、フルートとの付き合いはおよそ50年近くになります。最初に出会った洋銀製からスタートして、銀製そして金製、木製のフルートとともに音楽人生を歩んできました。

さて、ヒトは音楽を聴いて美しいと感じるわけですが、同じ音でもヒトの脳は言葉や自然音とはどうやら違う受容の仕方をしているなと、フルートを始めたころから考えていました。また、ヒトの大脳は左右2つの半球からできていることは中学の理科で学びます。さらに、高等生物では、もちろんヒトでも左半球が右半身を、逆に右半球が左半身を動かしていることも高校の生物で学びます。そうすると、フルートの低音域・中音域の運指でG以上Cisまでは左手指でキイを開閉して音を作りますから、これらの音は右大脳半球が担当していることになります。一方、低音域・中音域の運指でFis以下C(H管ではH)までは中音域のDとDis以外は左手指は動かさず、右手指だけでキイを開閉して音を作りますから、これらの音は左大脳半球が担当していることになります。そして高音域ではEs以上ではGis以外は、ひとつの音を作るのに両手指が参加しますので、両方の大脳半球が活動していることになります。フルートを吹くということは低音から高音に音階を吹くだけでこんなに大変なことを、両方の大脳半球に課しているわけです。

さらに、フルートを吹くときには、ブレスとタンギングがこれに連動してきます。ブレスは、同じ呼吸でも私たちが日常で無意識に行なっている生命を維持するための呼吸とは少々異なることはお分かりのことと思います。楽譜を見て、この後どのくらい一息で吹かなければならないかを判断して、必要な量の空気を瞬間的に吸うわけです。そして、量と速度を調節しながら吐いて行くのがフルート演奏です。通常の呼吸は脳の中でも下の方にある脳幹と呼ばれる脊髄との間にある部分(延髄と呼ばれます)に、「息を吸う」中枢と「息を吐く」中枢がありお互いに調節しあっています。ところがフルート演奏のときの息遣いは、生命維持のとは違い、2つ中枢のほかに呼吸筋と呼ばれる、胸郭を取り巻く肋骨を蛇腹のように広げたり閉じたりしている筋肉を動かす脊髄の運動神経に指令を与えるため、左右の大脳が作動します。さらに、フルートの演奏に必要なのはタンギングです。舌を動かすためには左右の大脳半球からの命令が降りてきて先ほどお話した延髄にある左右の舌下神経核という神経の指令所に、左右それぞれ交叉して刺激を与えることによって舌が動きだします。シングルタンギングの限界が♩=128くらいでしょうか? それ以上になるとダブルタングングあるいはトリプルタンギングを駆使しなければなりませんね。その場合、大脳は、t(tu)とk(ku)を交互に発音させるために左半球の前の方(前頭葉と呼ばれます)に存在する言語中枢を活動させことになります。

また、「楽譜を見て吹く」という行為は眼からの視覚情報が大脳の最も後ろにある後頭葉に到達し理解され、その情報を左右の手指を動かすそれぞれの側の大脳前頭葉の運動中枢と延髄の呼吸中枢に向けて瞬時に新たな情報として命令を出すことにより行われます。脳の中でのこのような回路が訓練(練習)により発達することによって、初見でも速いパッセージが難なく吹けるようになる、というわけです。

このように、フルートを吹くということは、大脳、小脳、脳幹、脊髄、末梢神経そして筋肉という、まさに神経内科の担当領域をフルに駆使していることになります。しいて言えば、フルートに限らず楽器を演奏することは、中枢神経系、末梢神経系、筋骨格系のすべてを刺激活性化しているといってもよいのではないでしょうか。

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